レッタとリッタ 1初めての森へ
あなたは聞いた事があるでしょうか
空を自由に行き来している村があると言う事を
空を見上げて見て下さい。そこには白い雲がありますね。
雲は白いだけではありません。よく見て下さい。雲の中には色々な「影」があるのです。
太陽の光をさんさんと浴び、光に包まれている場所と、
全てが影に覆われている場所。
そして、小さな雲の段差に出来る薄い影。
そこに住む民がいると言われています。
「なんでそんな所に住むんだろうね。日に当たるなら日に当たる。隠れたければ隠れればいいのに」
「そう都合よくいかないものだよ。何事も程々がいいのさ」
そうです。白い部分は焼けるほど熱く、影の部分は凍るほど冷たいので、雲に住む民はいつ光に焼かれるか、いつ影にのまれるか、怯えながら生きなければならないのかもしれません。
「光が綺麗に見えるだろうね、影が愛しく思えるだろうね。一日一日、怯えながら、確かめながら生きていけるだろうね」
それはとても素晴らしい事だと思いました。
「さぁ、僕らも今日という日を無くさないうちに目を覚まそう」
夢の中で二人が目を閉じると、大きな雨粒が顔を目掛けて落ちてくる様子がゆっくりと目に映りました。
「冷た」
鬱蒼とした森の、小さな草々の大きな葉の下に、一生懸命頭を振っている可愛らしい姿がありました。
現実への帰還、朝の目覚めです。
「おはよう、リッタ」
「おはよう、レッタ。今日は空気が冷たいね」
二人はお互いの手元にある帽子を被り、朝の挨拶をします。苔色の帽子がリッタ、幹色の帽子がレッタです。
二人は着ている服が重くなっている事に気が付きました。水を滴らせながらその場で立ち上がります。
「これはきっと、あの‘霧’というものだね。僕らが屋根にしていた葉っぱが霧を捕まえて水滴にしていたんだ」
レッタは頭の上にある葉の先を優しく引き寄せて水滴を土に返してやりました。
リッタは屋根代わりにしていた葉の先まで行き、水に包まれた森を無心に見つめて言いました。
「森の中は悲しそうに見えるね。夢の中は青空だったのに」
「夢の中は確かに青空だった。けど」
そう言ってレッタは身を乗り出し、木々を見上げてこう言いました。
「夢の中にはこの森無かったよ。広い、広い平原だった」
二人はこの名も無い森で生まれた訳ではありません。
二人の故郷は広い平原です。
広い、広い平原に、一本だけ立っている天に届きそうな木。
その木が沢山集まっている森に憧れているのが、ミグラントという種族でした。
レッタとリッタは選ばれましたので、年に1度吹く春風に乗って、森にやってきました。
それはミグラントにとって、とてもうらやましい事ですが、二人は森に強い憧れを抱いている訳ではありませんでした。
「僕達、ここで暮らしていくんだね。遠くを見渡せなくて、木々に意地悪されている気分だ」
誰でも、新しい事は不安に思うものです。少しだけ悲しそうなリッタを見て、レッタは静かに微笑みました。
「きっと、僕達の楽しみが減らないように、隠してくれているんだよ。今日中に見つけたい物もある事だし、森の中を回ってみよう」
そう言うとレッタはリッタの手を引いて、空の見えない森をかけていきました。