レッタとリッタ  4流星を見に行こう②

 

 

夜です。

あの後たっぷりと寝たミザとアルは流星を見るのに万全な体制が整いました。

リッタとレッタも少し眠りましたので、流星のピークが終わるまでは起きていられるでしょう。コルンは夜が苦手なので、一足早く氷の湖に足を運んでいました。流星群が来る時は氷の湖で見る事がミザ達の習慣のようです。リッタとレッタは流星に何故氷の湖なのかと首を傾げましたが、なるほど、それは氷の湖についた瞬間に分かってしまうものでした。

 

「うわあ、凄い綺麗だね」

 

リッタが見るなり駆け出します。氷の湖は、星空を映して視界が全て星空になるのです。氷の湖はとても冷えていますが、溶ける事はありませんので大きな葉を下にひけば地面とそれほど変わらなくなりました。この森の湖と星も仲が良い事を嬉しく思ったリッタはアルを抱きかかえながらミザにこう言いました。

 

「僕達ね、こんな星空の下、湖の中で生まれたんだよ」

 

レッタはリッタの言葉に驚きましたが、良い機会かと考え、そのまま任せる事にしました。

 

「僕達の種族はミグラントって言ってね、流れ星の光が湖に降り注ぐと生まれるんだ」

 

ミザは今まで聞いた事の無い生命の誕生に少し驚きました。リッタの言葉は時々空を見るような頼りなさがありましたので、この言葉も何かを例えているのだと思いましたが、レッタも真面目な顔をしていたので、そのままの意味だと分かりました。

 

「流星群の度に生命が誕生するから、何座の星子ってひと括りにするんだ」

 

レッタとリッタはミザの顔を見て、全てを話すには少しだけ早いと気が付きました。この大きく、小さな森で過ごしてきたミザにとっては宇宙の話を聞いているように感じるのです。ミザは懸命に話を聞こうとしましたが、リッタとレッタは止めて置きました。

 

「ミザ、見て」

 

リッタが星空を指差して言いました。ミザは素直に空を見ます。

 

「北にある星座でね、おおぐま座っていうんだ。尻尾の真中の星、二つ仲良く並んでいるの見える?」

 

そう言われてミザは懸命に二つ並んだ星を見つけようとしました。ミザは元々目がいいので、その二つの星はすぐに見つかりました。大きな星と、小さな星が確かに仲良く寄り添っていました。

 

「あの大きな星がミザール、小さな星がアルコルって言うんだよ」

 

リッタがとても嬉しそうに言いました。ミザは自分とそっくりな名前の星に驚き、また嬉しさも感じていました。アルと名の付く星は沢山ありますが、ミザールの隣にいるアルコルがアルなのだとリッタは思いましたので、ミザに教えたのです。アルも大きな瞳で空の上の自分を見つめていました。

 

「今は見えないけど、りゅうこつ座の先端はカノープスと言ってね、はと座の事をコルンバって言うんだ」

 

レッタがそう付け加えました。レッタとリッタがこの森に来て驚いたのは、星をあまり知らないのに星の名前を持つ動物が多かった事です。先日見た星のかけらもそうですが、この森には星の名残が溢れていました。

 

「僕達の名前は親が決めるんじゃないから、統一しててもおかしくはないね」

 

ミザがそう言いました。この森の中の動物は、子供が生まれると森の奥の神樹の下でひっそりと息をしている何かに名前を授けていただくそうです。本当は、親になるまでそれを知る術はありませんが、ミザは親の代わりでアルの名前を授けてもらう為に足を運んだ事があるので、それを知っているのでした。

 

「じゃあ、ルカとルクにも名前があるかも知れないんだね」

 

レッタがそう聞くと、ミザはどうだろうと首を傾げました。

 

「なんでルカとルクにしたの?」

 

ミザはずっと気になっていた事を聞きました。するとリッタは嬉しそうにこう言いました。

 

「この子達双子だから、ふたご座にある双星の名前を取ったんだ」

 

それを聞くと、ミザは少し考えてからこう言いました。

 

「レッタとリッタは星子なんだよね。二人は何座の星子なの?」

 

レッタとリッタは顔を見合わせました。リッタはレッタの服の裾を握って、

 

「僕達はふたご座の星子だよ」

 

と答えました。

ミザは思っていた通りの答えが返ってきたので、そのまま質問を続けました。

 

「レッタとリッタの名前はふたご座の中にある星の名前なの?」

 

するとリッタは少しだけ寂しそうに笑って、

「星子は星の数だけ生まれるからね、星の名前だけじゃ足りないんだ」

と言いました。

 

星の子供なのに星の名前をつけてもらえないのは、少し寂しいとミザは思いました。星をあまり知らない自分が空の星の一つを独占してしまっているのは、とても心苦しいものなのです。リッタは良く気が付く子供なので、ミザが何を考えているか分かりました。リッタがミザに話し掛けようとしたその時、ミザの上に力強く落ちてくるものがありました。ミザはその反動で氷の湖に伏せる形になりました。

 

「もう星が流れ始めたぞ」

 

コルンです。コルンは夜目が利かないので、勘だけを頼りにミザの上に止まったのです。

ミザはコルンの言葉に文句を言う事も忘れ、夜空を見上げました。

 

「流れた」

 

話の間中ずっと空を見ていたアルが短くそう言いました。ミザはその言葉につられ、アルが向いている方を見ます。するとリッタが別の方向を指差して「こっちも」と嬉しそうに言いました。ミザはどこを見ていいのか分からずに困っていました。レッタはミザの横に寝転んで、「大きく見ていればいいんだよ」と教えてあげました。てんびん座の流星はふたご座の流星よりも控えめです。そして、ミグラントの里で見る流星とは数も光も違っていました。けれど、皆でこうして探す事の出来る星空は、レッタにとっても、リッタにとっても、どんな流星より嬉しい星空なのでした。

 

「ねえ、コルン」

 

レッタがコルンに話し掛けます。コルンは星空に顔を背けるようにレッタを見ました。

 

「ハトはね、綺麗な世界を最初に飛ぶんだよ」

 

コルンは無言でまた星空を見上げましたが、レッタの言葉は確かにコルンの中に染み込んでいきました。

星の流れが少なくなった頃、アルが目を瞑り始めたのでそれぞれ家に帰る事になりました。

氷の湖から家に帰るまでの道は、少し寂しい気持ちになりました。

 

 

「湖に行きたいな」

 

リッタはレッタにそう言いました。レッタも同じ気持ちでしたので、暗い森の道を蛍石の光を頼りに登っていきました。

湖は星のかけらが流星に反応してほのかに光っていました。

リッタとレッタは、遠くから空と湖を見て静かな夜を感じていました。

二人とも、ミグラントの里を思い出しているのです。

 

「今年も沢山生まれてくるのかな」

 

リッタがぽつりと言いました。

 

「生まれてこなければいい?」

 

レッタが静かに聞き返しました。

 

「苦しいなら、少しそう思うかな」

 

暗闇に星が流れて、湖がいっそう明るく光りました。

小さな泡が星を見ようと、ちらちらと水面を目指して上がってきますが、いくらも経たないうちに空へ溶けていきました。

レッタは泡の吐息を心で感じ、目を閉じて星を数えました。

 

「それでも、生まれてくる事は素敵な事だからね」

 

 どうする事も出来ないんだと、暗闇の中で呟きました。