レッタとリッタ  4流星を見に行こう①

 

 

朝です。

今日は晴れているので木々の間から光が差し込み、いくつも重なって見えます。

空気中の水達が笑い合うように舞って、森中がきらきらと輝いているようでした。風もすがすがしく、気持ちのいい朝なのです。

 

「おはよう、ミザ、それにアルも」

 

ミザがレッタとリッタの家を見に行くと、二人は朝の準備に取り掛かっていました。水を入れた大きな木の実の殻を持ちながら出てくるリッタの肩には、珍しく起きているアルマジロがぶら下がっています。挨拶をしたレッタの肩にも同じアルマジロがぶら下がっていました。

 

「おはよう、レッタ、リッタ。君達はいつもこんなに早く起きるのかい?」

 

そうミザが聞くとリッタは笑いながらミザに言いました。

 

「君達だってこんなに早いじゃないか。それで驚くのは可笑しい事だよ」

「寝てない」

 

アルが小さな声で言いました。リッタは信じられない言葉を聞いた耳を疑い、ミザの前足に隠れ気味のアルをじっと見つめました。確かにアルの目は今にも閉じそうで、時々頭が地面にぶつかりそうになっています。ミザを見てみると、アル程ではありませんが、いつも元気な耳が力なく臥せっています。目も少し眠たそうです。リッタが心配そうな目で見るので、ミザは苦笑いをしながらこう言いました。

 

「今日は夜が特別の日なんだ。僕達はカノやコルンと逆で夜行性だから寝てしまう心配はないんだけど、楽しみ過ぎて逆に眠れなかったんだ。僕もアルも」

 

リッタは驚き過ぎて手に持っていた水を落としてしまいました。レッタが横目で確認すると、木の実の殻は中々深いので、水はまだ半分残っているようでした。リッタは零れた水を気にせずにミザのところまで行きます。

 

「体に悪いよ、少しでも寝ないと」

 

そう言うリッタにミザは少し疲れた笑顔を向けました。

 

「うん、これから寝るんだ。だけど夜に起きたら二人と会えないなって思って先に誘いに来たんだよ」

 

アルもミザの下で懸命に頷きます。顔を洗い終わったレッタがリッタの隣に来ました。

 

「何に誘ってくれるんだい?」

 

するとミザは言葉を選ぶようにそっぽを向いた後、広場でのんびり夜まで過ごさないかと提案しました。どうやらミザは今日の夜を二人に見てもらいたいようです。レッタとリッタは仕度を終えるまでアルマジロをミザとアルに渡しました。

 

「その子達は君達のように言葉を話すと思う?」

 

リッタがそう聞くとミザはどうだろうと考え始めました。この森は広過ぎるのでミザが知らない生き物も沢山いるようです。先日会ったラカイユなんかも良い例ですね。小さな二匹のアルマジロはミザとアルにとっても不思議な生き物でした。アルが小さな言葉で懸命に話し掛けても返事はありません。

 

「アルみたいに無口なのか話せないのか分からないや」

 

ミザがそう言うとリッタはしゃがんでアルマジロを見ました。

 

「僕達ね、この子達が自分で名前を言えるようになるまで愛称で呼ぶ事にしたんだ。この子達双子みたいだから、ミザの所にいる子がルカで、アルの所にいる子をルクって呼んでるんだ今」

 

ミザとアルはそれを聞いてアルマジロの名前を呼んでみましたが、ルカとルクは地面にころころと転がるだけです。アルは飽きてしまったようで、丸まったルクを手で転がし始めてしまいました。

 

「ごめん、待たせてしまったね」

 

レッタの仕度が終わったようです。レッタがリッタの頭に帽子を乗せながら帽子を被ると、ルカとルクは器用に二人の体に登り、帽子の中に入ってしまいました。

 

「人見知りが激しいんだねその子達」

 

ミザがレッタとリッタの帽子を交互に見て言いました。レッタとリッタは笑って、ルカとルクは寒がりで、その上眠る事が好きなのだと教えました。

リッタがいつものようにアルを抱きかかえて前を歩き出します。無口でめったに声を出さなかったアルは、ほんの少しですが、小さな声で会話が出来るようになりました。ミザはリッタにアルを任せ、後ろで見守るレッタの横に行きました。

 

「君が夜中、一人で湖に行くのは朝の水を汲んでくる為だったんだね」

 

ミザが少しだけ小さな声で言いました。湖を作って以来、レッタは毎晩そこに足を運んでいます。ミザとアルは夜行性なので、夜の森を散歩する習慣があるものですから、レッタが湖に行く姿を何度も見ていたのです。レッタはスズランの形をした花に入れた蛍石の光を頼りに歩くものですから、暗闇の中のミザとアルに気付く事はありませんでした。

 

「僕はてっきりリッタに内緒で何かしているのかと思った」

 

レッタはミザの言葉にくすりと笑って、こう言いました。

 

「リッタは夜の湖に行きたがらないんだ。僕はミザも近付かない方がいいと思うな」

 

ミザはレッタの言葉に首を傾げました。

 

「夜の湖にはね、幽霊が出るんだ。素直な子が大好きな幽霊が」

「幽霊・・・」

 

聞き慣れない言葉をミザは繰り返します。レッタはリッタの方を向いて、ミザにこう言いました。

 

「リッタは連れて行かれそうになったから、もう行きたがらないんだ」

 

そう言えば、とミザは夜の事を思い出していました。レッタが湖に向かっている姿を見てから大きな木の実の広場に向かって歩いて行くと、決まって空に一筋の光が糸のように上っていくのが見えるのです。不思議な現象だと見ていましたが、水の入った湖と過ごすのは初めてなのであまり気に止めませんでした。それが今、幽霊の仕業だったのだとミザの中で明らかになりました。

 

「レッタは平気なの?」

 

ミザは心配そうに聞きました。しかし、レッタは自信があるようにこう答えました。

 

「僕は平気。だけどミザとアルはきっと連れて行かれてしまうよ」

 

コルンがカノ達を臆病者だと言ったのは、湖を作ると幽霊が住み着く事を言っていたんだ。

素直なミザはレッタの言葉を聞いて、夜の散歩の道をもう少し考えようと思いました。レッタにはミザの表情を見ただけで考えている事が分かりましたので、その素直さは大切にしてあげないとと思いました。

 

「今日は本当に空が高いんだね。広場の真ん中で寝そべるのが気持ちよくてたまらないよ」

 

そういいながらリッタは大きく伸びをしました。皆さんもご存知の通り、この森で空を見渡せる場所はそう多くありません。それに加えて、広場は木々達が大きな円を書いて生えている為、日に透けた葉っぱ達に空を丸く縁取られているようで、いっそう清々しく見えるのです。レッタも腰をかけ、眩い空を見上げました。

 

「木々が光を和らげてくれるからこんなに空が見えるんだね。僕達がいたミグラントの里は180度全て空に包まれていたけど、こんなに空を見る事が出来たのは初めてだ」

 

ミザはその言葉に満足そうに頷き、レッタの横に丸くなりました。空は遠くて、木々はざわめき、風がとても気持ち良く吹いています。目を閉じて風の声に耳を傾けていると、リッタの隣で丸くなっているアルから小さな寝息が聞こえてきました。本当に気持ちの良い日です。暖かい日の光とアルの寝息を聞いて、ミザは当然の事ながら、リッタも、レッタも波に揺られるように眠りの世界へ誘われ始めました。

丁度その時、まぶたにあたっていた光が急に遮られました。驚いて目を開けると、円を描きながらゆっくりと降りてくる姿が見えました。

 

「今から流星に備えているのか?」

 

コルンです。大きく羽ばたきながらミザの丸まった背中にゆっくりと止まりました。ミザはその反動で体制が崩れましたので、優雅に羽根を閉じるコルンに向かって疲れた声を上げました。

 

「止めてくれよコルン。君の鋭い爪といったら3日は痕が消えないんだ」

 

ミザはこう言いながら内心諦めていました。コルンがミザの背中に止まる事は今に始まった事ではないからです。コルンはミザの顔を覗いてこう言いました。

 

「そう言われると思ってね。お前を参考に、木で爪の先を丸くしてきたんだ。痛くないだろう?」

 

ミザは諦めて寝る体制に入ってしまいました。レッタは信じられないという顔でコルンの爪を見ます。コルンの爪は、確かに丸くなっていました。

 

「不自由しませんか?」

 

レッタは恐る恐るコルンに聞きます。鳥はその鋭い爪で獲物を捕らえるとママナから聞いていましたので、爪を研いでしまえば飢えてしまうのではないかと考えたのです。コルンは自分以外の鳥がどのようにして餌を取っているか知っていましたので、レッタの心持を察する事は難しくありませんでした。ですから、レッタの質問に

「このくちばしがあれば、大抵の木の実は割る事が出来る」

とだけ答えたのです。

 

コルンは、他の鳥と比べて随分特殊な思考をしていました。なので、他の鳥と快く会話している所なんて見た事がありません。

 

「やつらは外の世界を知りながら、この森では殺生を好まないように過ごしている。やつらが湖を作りたがらなかったのは魚が怖かったからさ。魚を見れば、木の実なんて土くれだと聞くしな。俺はその小狡さが気に食わないんだ」

 

そうコルンは言いました。

考えて見ると、この森の動物は、決して生き物を口にする事がありませんでした。この森の湖は凍っていたので魚もいません。ミザとアルは魚の存在を知らず、草や木の実だけで生活する事が当たり前になっているのです。頭の上で眠っているルカとルクも、湖の水と木の実にしか興味を示しません。この森自体がそうさせるのかもしれません。しかし、カノのような空高く飛べる鳥は森の外で味を覚えてしまうので、この森の枠に留まっていられなくなるのかもしれません。

 

コルンは湖を作りたがっていて、けれど森より高く飛べないとラカイユが話していましたが、コルンが高く飛べない原因は木の実しか口にしない所にあるのではないかとレッタは思いました。そしてコルン自身、その事に気がついているように見えました。

 

「コルンは魚がもしいたら食べたいと思う?」

 

リッタがコルンに聞きました。コルンは首を横に一回だけ振って

「血なんか口にしたくないね」

と答えました。

 

ミザはコルンの言葉で魚が生きているものだと推測し、リッタは随分と恐ろしい事を聞くんだなと驚きを隠せませんでした。

この森がこんなに生命で溢れているのは、昔争いがあったからかもしれません。レッタ達が光として利用している蛍石は森で取れないものです。大切に保存していた跡をレッタとリッタは見つけました。カノが連れて行ってくれた高台もそうですが、この森にはレッタ達と同じ形をした手先の器用な種族がいたのかもしれません。それはラカイユが知っていたかもしれませんが、ラカイユは北に旅立ってしまいましたので推測するしか出来ませんでした。鳥は空を飛べるので、他の土地で囁かれている歴史を知る事が出来るかもしれません。けれどコルンは、この森に従いながら高く飛ぶ事を選びましたので、これから先も苦労する事でしょう。レッタはそんなコルンの姿がとても痛々しく、素晴らしいものに見えました。

 

「そういえばこの森は流星見えるんだね」

 

リッタがコルンに聞きました。ミザの言っていた特別な夜は流星が見える夜の事だったのです。ミザは少し眠たかったので、コルンが流星と言った事にあまり気を止めなかったのですが、リッタには新鮮に聞こえましたので、驚かせる事は出来なくなりました。ミザはリッタが流星を知っているとは思わなかったので、少しだけ残念な心持でリッタにこう聞きました。

 

「リッタは流星の事知ってるんだ」

リッタはミザに笑顔で「もちろんレッタもね」と言いました。

 

「だけど僕達の所とは見える時期が違うみたいだね。今日は何座の流星群が来るんだい?」

 

レッタがミザに聞くと、ミザは何を言われたか分からないというような顔をしました。その様子を見てコルンが口を挟みました。

 

「この森の連中にとって星は木の実みたいなものさ。一つ二つ無くなったって気にならないが、全て無くなったら困る。その程度の認識なんだ。星を何かに見立てるなんて事誰も思いつかない」

 

ミザはコルンが知っている事に驚きましたが、それ以上に好奇心が疼いて尻尾がゆらゆら揺れました。ミザはリッタの方に顔を向け、気がついてくれるまで見続ける事にしました。

 

「星座っていうんだけどね、星と星を繋いで一つの絵にするんだ。その絵の一つ一つがやまねこ座とかわし座とか名前が付いているんだよ」

 

ミザの目がますます輝きます。星が絵になるなんて考えた事も無かったからです。

 

「レッタとリッタは空に絵が描けるんだね。凄い」

 

するとレッタは首を横に振ってこう言いました。

 

「僕達は描かれた絵を見つけるだけさ。ミザにもすぐ出来るよ」

 

そして今夜それを教える約束をしました。コルンは星座を知っていますが、夜は目が利かないものですので、はっきりとした形を教える事は出来ません。ミザの相手をレッタとリッタに任せて、星の輝きを目に焼き付けようとコルンは思いました。星が流れる夜は、コルンにとって星を楽しむ事の出来る唯一の夜なのです。

 

「確かではないが、今日はてんびん座の流星が来るようだぞ」

 

コルンはお礼にそう呟きました。ミザもコルンも空を見ていましたので、リッタとレッタの体が少しだけ震えた事には気が付きませんでした。

 

「てんびんってどんな形しているの?」

 

ミザがコルンに聞きます。コルンは両羽根を広げ、こう言いました。

 

「右と左に受け皿がある。どちらかに何かを入れると、その重みで傾くんだ」

 

コルンは右羽根を上げ、左羽根を下ろし、ミザに分かりやすく説明しました。ミザは用途が分からないという顔をしていましたので、コルンは羽根を畳みこう付け足しました。

 

「二つの物、どちらが重いか図る道具だ。恐らく苔の蔵にもある」

 

苔の蔵とは、この森の動物達があまり近寄りたがらない古びた大きな蔵の事でした。石で出来ていて苔だらけなのでコルンは苔の蔵と呼んでいます。この蔵はコルンやミザが生まれる前からあった物なので、高台と同じく誰が作ったのか知られていません。蔵の中にある物もまた古びた物ばかりですが、カノを初めとする鳥達が外から持ち込んだ物も混ざっています。ミザは毛に苔がこびり付くとどれだけ苦労するかを知っていますので、カノやコルンに話を聞くだけにしていました。

 

リッタは何か思い浮かんだようで、アルとミザを基準にレッタをアルの直線状に連れて行きました。そして自分の帽子とレッタの帽子を更にアルとミザの直線状に置いてリッタはレッタの横、ミザの直線状に立ちました。

 

「簡単に言うと、星の天秤はこんな形をしているんだ」

 

ミザはコルンを背中に乗せたまま立ち上がって見ました。

 

「こんなに簡単なのかい?」

 

ミザは数ある星の中で、その形を見つけて共有したレッタ達の種族に驚きの声を上げました。

レッタとリッタは生まれた時から星座とはそういうものだと教えられてきたので、ミザの反応がなんだか新鮮で少し可笑しくなりました。