レッタとリッタ  3 湖はいずこ②

 

「やぁ、アル。また湖の話を聞きに来たのかい?」

 

そう言う虫を凝視してミザはこう呟きました。

 

「この花、アルが一昨年の夏に見つけて、凄く気に入っていた花に似てる」

「ラカイユはその花」

 

アルがミザを見上げてそう言いました。

 

一昨年の夏、氷の湖まで涼みに来ていたミザとアルは、氷に根をはった珍しい花を見つけました。アルはそれをいたく気に入り、夏の終わりまで毎日見に来ていました。秋になり、花がしおれて来ると、アルは悲しく思いましたが、その花の一生を見届けようと氷の湖に通いました。

最後の花びらが氷の上に落ちた時、茎が揺れ始め、根の先に丸まっていた何かが地上に出てきました。それがラカイユです。

ラカイユは暑さに弱い為、夏に湖の底で眠ります。そして花が枯れる頃、目を覚まして地上に上がるのです。

ラカイユは花と虫の子供でした。

 

「一昨年の夏はいつもより暑かったからね。深くまで潜りきる前に眠ってしまったんだよ。それでも安全に眠れたのは、毎日来てくれたアルのおかげだね」

 

アルは恥ずかしそうに氷を見ました。ラカイユは余り森の中には住まないのですが、一昨年以来、アルが遊びに来ると湖の底から顔を出すようになりました。ミザはアルとラカイユを同時に見て、意外な繋がりに驚くばかりでした。

 

「君を知っているのはアルだけしかいなかったの?」

 

ミザがラカイユに言います。ラカイユは背中の花を振りながら

 

「コルンという鳥もたまに来るな」

 

と言いました。

コルンという鳥は、朝早く空を飛んでいるので、ラカイユが目を覚まして外に顔を出す時間と丁度タイミングが合うようです。

ラカイユはそのまま話を続けました。

 

「アルは私の話に興味があるけれど、コルンは湖の方に興味があるみたいでな。でも可哀相だがあいつには湖を作るなんて出来ないんだ」

「湖を作る?」

 

ミザが聞いたことの無い事を話すラカイユにおうむ返しをしました。

 

「そう。湖を作ってくれる人がいるなら私は北の方に旅をしに行けるのに、この森の鳥どもは湖を作ろうとしない。動物達は作りたくても作れない。私は絶望して70年程湖の底でひっそりと暮らしていたんだ」

 

ラカイユはだいぶ長生きをする生き物のようです。

ミザは湖が作れるものだと知らなかったので驚いてばかりいましたが、ラカイユの話を聞いて一つ疑問に思いました。

 

「鳥が湖を作れるならコルンだって作れるじゃない」

 

しかしラカイユは花を横に振りました。

 

「あいつは森の木より上には飛べないではないか」

 

ラカイユの言葉に、ミザは黙って俯きました。しばらくして、リッタがラカイユに話し掛けました。

 

「湖ってどうやって作るんですか?」

 

するとラカイユは湖の底に潜り、手の平程の石を皆の前に置きました。

 

「これは何?」

 

ミザが聞きます。ラカイユはころりと転がしてからこう言いました。

 

「星のかけらだ」

 

その言葉に驚き、皆石を覗き込みました。覗き込みましたが、表を見ても、裏を見ても、ただの石にしか見えません。夜空できらきらと輝いているあの星のかけらだとは思えませんでした。

 

「あんなに綺麗で小さい星からこんな大きなただの石が欠けるはずないよ」

 

ミザが言います。

ラカイユが石を持ち上げ、湖に叩きつけると、石は真中から光を放ちました。

 

「確かにこれは星のかけらなのだ。この氷の湖も元は大きな星のかけらから作られた。しかし湖のかけらは黒ずんでしまい、綺麗な部分を切り離してそのまま凍ってしまったんだ。私はその場にいたから鮮明に覚えている」

 

レッタとリッタはその石の輝きに懐かしさを感じました。星の輝きとたゆたう水面に向かって、小さな泡達が岩の陰から出て行くのです。リッタとレッタは手を繋ぎながらその泡達を見送る夢を何度も何度も見ました。その夢を彷彿させるこの石は、間違いなく星のかけらなのでしょう。そして、ラカイユもまた、昔から生きている人に他ならない事をレッタとリッタは分かったのでした。

 

「この星のかけらに4滴、湖の水をたらすんだ。それで湖は作れる」

 

実に簡単そうに聞こえますね。けれど、この森に水のある湖はありません。氷の湖は決して溶ける事がありませんので、湖の水を調達するにはこの森を出て行かなければならないのです。

 

「確かに、コルンには出来ない話だね」

 

ミザは言いました。アルも悲しそうに俯きます。けれどラカイユはコルンの事よりも湖の事を考えていました。

ラカイユはこの森に雨が降らなくなる事をずっと昔から分かっていました。といっても、雨が降らなくなるのはもう少し先のお話ですが。

雨が降らなくなったその時にこの森は死滅してしまうかもしれない。そう思い、鳥達に一刻も早く湖を作らせようとしたのです。しかし、他の湖を知っている鳥達は、この森に湖を作る気は無いとラカイユの誘いを断ってしまいました。

 

「私は北の方へ旅立ちたいのだ。しかし、この森に湖を作るまでここを離れる事は出来ない」

 

アルが心配そうにラカイユを覗き込みました。ミザは不思議そうにその光景を見ていました。

 

「カノにはまだ話してないんだよね、その話。だったらカノに」

「無駄だ」

 

ミザが話している途中でカノよりも鋭く細い鷲がミザの上にどっしりと降りてきました。

ミザはその反動で氷の湖にへばりつく形になります。春とはいえ、氷の上は冷たいものです。ミザはしばらく立ち上がろうともがいていましたが、何分大きな鷲ですので、とうとう諦めてしまいました。ミザは見下ろしている鷲の顔を必死に見上げてこう言いました。

 

「なんで無駄なのさ」

 

鷲はミザの目を覗き込むように身をかがめ、強い口調でこう言いました。

 

「鳥は皆臆病だからだよ」

 

ラカイユはその言葉に深く頷き、カノに話したけれどやんわりと断られた事をミザに話しました。

 

「俺が必死になってるのを遠目でバカにするんだやつらは。空を高く飛べる鳥ってのは高慢で臆病で薄情で森の為になんかなりはしないんだ」

 

どうやら、ミザの上に乗っているこの鷲がコルンのようです。アルがミザの元に駆け寄って、そのままコルンに飛びつきました。コルンはアルの頭をくちばしの表面で撫でてあげました。

レッタとリッタはその間中ずっと星のかけらを見つめていました。そしてラカイユに向かってこう言いました。

 

「僕達は今、湖が無いと生きていけません」

「勝手な事だとは思いますが、星のかけらを少し貸していただけないでしょうか」

 

その言葉を聞いて、二人が何故懸命に湖を探していたかがミザにも分かりました。二人は質問ばかりで自分達の事はあまり話さなかった事にも気付いてしまいました。ミザは少し寂しく思いましたが、それでもレッタとリッタが好きなので、それを言葉にしませんでした。

ラカイユはレッタとリッタに親しみ深い匂いを感じ、星のかけらを渡す事にしました。

 

レッタとリッタはミザが案内してくれた大きな窪みを湖にしたいと皆に話しました。そこは何も無い場所ですので、反対をする人は誰も居ません。それよりも、二人がどうやって湖を作るつもりか気になって仕方がありませんでした。

レッタとリッタは夕陽が丁度沈んだ頃に湖を作ると言いました。その間、準備をするという事でレッタとリッタは皆に少し待っていてもらえないか頼んでみました。

レッタとリッタは星のかけらを持ち、窪みに行きました。どうしても先に木の実のかけらと帽子を取りに行きたかったのです。帽子は木の実のかけらのおかげで風に飛ばされる事はありませんでした。二人はほっとして帽子の元にかけよりました。

 

「ミザの木の実のおかげだね」

 

そう言って帽子を取ると、帽子の下に可愛く丸まった動物が二匹、眠たそうな顔を二人に向けました。小さな小さなアルマジロです。アルマジロは短い手足をばたばたさせ、帽子がどこにあるか確かめようとしていました。よほど二人の帽子が気に入ってたようです。その様子を見てリッタとレッタはどうしたものかと顔を見合わせました。

 

「帽子は上げられないからせめて暖かい葉の上に置いてきてあげよう」

 

そう言って手で持っていた帽子を頭に乗せ、二人はそれぞれ一匹ずつ優しく抱き上げました。すると、二匹はそれで目が覚めたようで、それぞれ腕を伝って肩まで上り、そのまま頭に乗っている帽子の中へ入り込んでしまいました。その動きがあまりにも同じなのでリッタとレッタは思わず笑ってしまいました。

 

「この子達は双子なのかな」

「双子かも知れない」

 

このアルマジロが言葉を話すのかも気になりましたが、二匹のおかげで強い風にも帽子は飛ばされなくなりましたので、二人は特に気にする様子も無く二匹の気が済むまで眠らせてやる事にしました。

それから二人はミザからもらった木の実のかけらを森の切れ目、窪みの始まりの所に間隔を空けて埋めました。二人はこの場所がこの森での居場所になると薄々感じていましたので、嬉しさを埋めておこうと思ったのです。

 

「僕達がここにいて、どうしてルタがここにいないんだろう」

 

窪みの真中で、星のかけらを覗き込みながらリッタは言いました。

リッタの悲しい声はレッタの心の内でもありました。いつもなら励まして微笑むレッタも、星のかけらを見る事しか出来ませんでした。

二人は今日がとても幸せな日だと感じていました。不安だった森は、友達が出来たことで綺麗に見えました。風に揺れる木の葉のざわめきと、ミザ達の声がとても心地良く、これからも、しばらくの間この幸せが続くと思うと、やはり嬉しく感じました。けれど、二人が幸せに感じるほど、心が痛んで、申し訳なくなるのです。

 

レッタは星のかけらに映った自分の顔が水滴によって歪む瞬間を見ました。リッタの涙が星のかけらに落ちたのです。リッタは星のかけらが涙をはじく、とても綺麗な音を聞いて、自分が泣いている事に初めて気がつきました。 リッタは涙を星のかけらに零さないよう、顔をあげましたが、リッタの方を向こうとしたレッタの目にも多くの涙が溜まっていましたので、レッタの涙も綺麗な音を立てて、ひとつ、ふたつと弾けていきました。

 

そして急に星のかけらが光りましたので、二人は離れないよう手を繋ぎました。冷たい、水の感覚が二人に染み込んでいきます。音も立てずに、ゆっくりと辺りが水になっていくのです。

光が止み、二人が目を開けると、空は一面星空で、レッタとリッタは湖の中にいました。星のかけらは、見渡しても見つかりませんでした。

 

「湖が出来てる!」

 

光に駆けつけたミザが驚きの声をあげました。ラカイユを背負ったアルも、夜目が利かない為あらかじめ森の終わりの木にとまっていたコルンも目を見張りました。

レッタとリッタはミザの声を聞くと、皆の下へ泳いでいきました。濡れた服の端を絞りながらこう言いました。

 

「ごめんね、作る時間調節出来なかった」

 

申し訳無さそうにするリッタとレッタにミザは力強く首を横に振りました。

 

「それは大丈夫。だけど教えて。どうやって湖の水を手に入れたの?」

 

ミザは二人が簡単に湖を作ってしまった事に興奮し、無邪気に質問をするばかりでした。その様子を見たリッタが笑って、

 

「本当はミザにも出来たんだ」

 

と言いました。ミザはますます分からなくなり、もどかしそうに尻尾を振りました。

次にレッタはこう言いました。

 

「湖と涙は同じ成分なんだよ」

 

リッタとレッタは誰の涙でも湖が生まれると言いましたが、リッタとレッタの涙が特別な物である事は、コルンとラカイユがよく分かっていました。

 

その夜、リッタとレッタは湖に残り、星の光と湖のたゆたう姿をずっと見つめていました。

そしてラカイユは安心して北へ旅立ったのです。