レッタとリッタ  3 湖はいずこ①

 

大きな大きな森の中を4人はとことこ歩いていきます。

リッタは初めての事だらけで嬉しそうに大きな猫の横を歩いていました。大きな猫の名前はミザ、小さな猫の名前はアルといいました。

 

「君は猫じゃないの?」

 

リッタがミザに話し掛けます。

 

「僕達は猫だよ。不思議な事を聞くね」

 

 ミザは物珍しそうにリッタを見ました。

 

「僕達、猫はにゃーと鳴くって話を聞いてたんだ」

 

 リッタは少しだけ恥ずかしそうに言います。ミザは鳥にも同じ事を聞かれましたので、リッタも外から来たのだと思いました

 

「鳴くには鳴くよ。だけど特別な時にしか鳴かない」

 

ミザはそう言うと、顔を上に向けて森に響くように鳴いてみせました。

リッタは大喜びです。レッタも初めて聞く鳴き声を気持ち良さそうに目を閉じました。

 

「凄い、凄い!とても綺麗な声で鳴くんだね」

「よしてよ、恥ずかしいじゃないか。僕はこうして話せるんだ。鳴き声なんてもう必要じゃないんだよ」

 

ミザが困ったようにリッタに言いました。するとレッタが横から覗き込んでこう言いました。

 

「必要だよ。この世界には綺麗な鳴き声が必要だ。僕はこの声が無くなったら酷く落ち込んでしまうよ」

 

ミザは恥ずかしそうに俯きました。

リッタは抱えているアルを見ました。アルもリッタを見上げます。

 

「この子は話す事も鳴く事も出来ないの?」

「ああ、アルは無口なんだ。無口なだけで、話す事も鳴く事も出来るよ」

「そうなんだ」

 

これから聞けるといいな、とリッタはアルを抱えなおして言いました。

 

「着いた。ここだよ」

 

小さな広場がそこにはあります。広場には大きなボールのような物がちらほら転がっていました。中には硬い殻が砕けて白い中身が見えているものもあります。

リッタとレッタが上を向くと、ずっと背の高い木の梢にしっかりとボールがついていました。これがミザの言う木の実です。

 

「あんまり大きいんで驚いたでしょ」

 

ミザが得意げに言います。リッタは目をキラキラと輝かせました。

 

「うん、驚いた。これって自然に落ちてくるものなの?」

「ううん。あの木の実を見てごらん」

 

ミザは落ちている中の一つの木の実を鼻で指しました。

 

「あの木の実には枝が一緒についてきているでしょ。空を飛べる人達が、あんまり殻が硬いから枝の方を折って地面に落とすんだ。あの高い方からね。すると、木の実が落ちてくる。上から下に落ちるから、その途中の枝や木の実にもぶつかる。ぶつかると細い枝は折れるから、一つの木の実で三つほど地面に落ちるのさ。地面に落ちたら殻が割れるから、おいしい木の実の中身が食べられるんだ。僕達はそのおこぼれをもらうんだけどね」

 

そう言うとミザは辺りを見回して、その中で一番美味しそうな木の実をかぎ分けました。

 

「おいで、リッタ、レッタ。この木の実は特別美味しいんだ」

 

ミザは鋭い爪で木の実を器用に切り分けて、リッタとレッタにひとかけらずつ渡しました。

二人は顔を見合わせて微笑みました。

 

「嬉しいな、幸せだな、ありがとうミザ」

「大切にするよ。ありがとう」

 

そう言って二人は嬉しそうに木の実を色んな角度から見ました。

リッタとレッタは、ミザからものをもらえただけで満足なのです。ですがミザは分からないという顔つきでリッタとレッタを見ました。

 

「ここで食べて大丈夫だよ。夜も食べたいんだったらその分も切ってあげるからさ」

 

ミザがそう言いますが、二人は笑って首を横に振りました。

 

「僕達はこれでじゅうぶんなんだ」

 

レッタとリッタがミグラントということは冒頭にお話しましたね。ミグラントは風に乗る種族ですから、食べ物を一切口にしないのです。ですが、案内してくれたミザの期待を裏切りたくない二人は、その事を口に出しませんでした。

リッタがミザから木の実を受け取る時、リッタに抱えられていたアルはどうなったかというと、ミザにくわえられて木の実の上に置かれていました。アルはミザが切り分けた木の実を可愛らしくはぐはぐと食べていました。

 

「ねえミザ。この森全体を見渡せるところはある?」

 

リッタがミザに聞きます。ミザがちらりと空を見て言いました。

 

「空から見下ろせるやつなら知っているけど、その話を聞くだけでは事足りないかい?」

「出来たらその場所に行きたいな」

 

リッタが少し困った顔をしてそう言ったので、レッタはミザに意味が伝わるよう、言葉をこう付け加えました。

 

「僕達は、自分の目でこの森を見てみたいんだ」

 

リッタも頷きます。ミザは少し考えてからこう言いました。

 

「正直、僕もこの森全体を見渡した事無いんだ。ある程度分かる丘は知っているんだけど」

 

レッタとリッタは顔を見合わせてこくりと頷き、ミザにその丘まで連れて行ってもらう事にしました。

 

「あそこに行けばよく見えるよ。だけど上まで行くと風にさらわれちゃうから、少し覗くだけがいいと思う」

 

着いたところは丘というより崖に近い場所でした。歩いて来るには不自由の無い緩やかな山道でしたが、頂上についてみてその先を覗いて見ると、道が無いどころか、遥か先の木々まで見渡せる所だったのです。リッタが驚いてこう言いました。

 

「終わりの方に少し下った気がしたからもっと低いのかと思った」

 

するとミザが後ろを向いて言いました。

 

「今まで下ってきたのはここがくぼんでいるからだよ。昔ここには何かが落ちてきたんだって」

 

 レッタとリッタも後ろを向きます。くぼんでいるところには木も草も生えていません。森の中では大変珍しい光景でしたが、見慣れているミザにとっては些細な事でしかありませんでした。ミザは先に進み、二人の背中に話し掛けます。

 

「下を覗く時は二人とも帽子を脱いだ方がいいよ。それに二人は凄く軽いから、しっかり僕につかまってね」

 

二人はミザの方へ駆け寄り、風をさえぎっている岩の壁の下に木の実のかけらと帽子を置き、アルをその上に寝かせました。

それから、はしごのように岩の先につかまったミザの背中によじ登り、肩につかまり、そっと顔をあげました。

 

「わっ」

「リッタ!」

 

急な風に吹かれ、リッタが飛ばされてしまいました。レッタがすぐに助けようとミザから手を離しましたが、ミザはあごと肩の間にレッタを挟み込み、尻尾でリッタを受け止めました。

 

「僕もたまに飛ばされそうになるからね。ゆっくり、ゆっくり見よう」

 

リッタはまたミザの背中を登り、今度はゆっくり顔を上げる事にしました。

 

「うわあ」

 

風に合わせて葉っぱが舞う光景を見て、リッタが嬉しそうに言葉をもらしました。

葉っぱと混じって薄い桃色の花びらもチラチラと綺麗に舞っています。これはみなさんご存知の通り、桜の花びらですね。この森は今、春なのです。けれどレッタとリッタは木になる花を見た事がありませんので、その花びらがどこからきているのか分かりません。西の方に木が生えていない所がありました。ぽつぽつと、地面が見えるところがありました。

けれどそれよりも気になる事が二人にはありました。

 

「この森には水が見当たらないね」

 

 リッタがそう呟きました。するとミザが不思議そうな顔をしてこう言いました。

 

「君達の所では雨が降らないの?この森には器になる葉っぱが多いから、そこにたまった雨を使うんだ」

 

 リッタはレッタが持ってきてくれた水を思い出しました。

 ミグラントの里の雨も少しだけ思い出して、ミザにこう言いました。

 

「雨は降るけどそんなに多くは降らないんだ。ここは水に恵まれているんだね」

 

リッタとミザの会話を聞きながら、レッタは森を見渡していました。そして、少し珍しいものを見つけました。

 

「ねえ、ミザ。あそこにある、あの背の高い物はなんだい?」

 

ミザはレッタの指す方を向きました。レッタが見つけたのはこの森には少し不自然などの木よりも背の高い小屋のようなものでした。

 

「あれはね、僕が生まれてくるずっと前からあった物なんだ。大人に聞いても生まれた時からあったとしか答えが返ってこないんだよ。ただ、あそこは森が全て見渡せるから、羽根を持った人達がよく止まったりしてるんだ」

 

ミザの話を聞きながら、レッタは風に揺られている木々と、びくともしない高い小屋をじっと見つめていました。

風の音と、葉がこすれ合う音が心地よくあたりに響きます。

ミザも小屋を見つめてしばらく黙っていました。

 

「あそこに行ってみたいな」

 

そう言ったのはレッタでした。ミザは少し不安そうな顔をしましたが、レッタの呟き方がとても切なく聴こえ心に染みたので、否定的な言葉を飲み込みました。そして小屋を目指すためにその場を離れようとした、その時でした。一羽の鷲が近くを通り過ぎたのです。

 

「丁度いい人がいる」

 

ミザはそう呟くと、素早くレッタとリッタを岩陰に下ろし、体を半分乗り出して叫びました。

 

「おーーい!カノーー!!」

 

ミザの声が風に乗ると、鷲は上に向かって羽ばたき、風を起こしながらミザの所に着地しました。

 

「こんにちは」

 

その鷲は少しだけミザより大きく、そしておおらかな雰囲気を持つ鷲でした。

 

「初めまして、レッタです」

「リッタです」

「はい、初めまして。カノですよ」

 

挨拶をし終わったカノに向かってミザが言いました。

 

「この二人をあの上の小屋まで運んでくれないかな」

 

その言葉にレッタとリッタは驚いてミザを見ました。

 

「僕達歩いて行けるし大丈夫だよ」

 

カノの大きさは一人乗るにしてもギリギリの大きさで、人を乗せて飛べる様にはとても見えませんでしたし、初対面の人のお世話になるのは気が進みませんでした。

 

「カノはこう見えて丈夫なんだよ。二人をあそこに運ぶなんて容易い事だよね」

 

ミザが言うとカノは静かに頷きました。

 

「一人片羽根で行けるよ」

 

その言葉にも二人は驚きました。カノはレッタとリッタを同時に運ぶつもりでいるのです。

リッタは身を乗り出してミザに言いました。

 

「でも君はどうするの?僕達だけ楽は出来ないよ」

 

するとミザは寝ているアルの様子を見て言いました。

 

「僕は君達よりずっと足が速いんだ。君達と歩いてたらあっという間に日が暮れちゃうよ」

 

それもいいけどね、と言いながら、寝ているアルを口でくわえて一気に丘を下っていってしまいました。ミザはレッタとリッタが早く心置きなく遊べるようになって欲しかったのです。ミザ自身も、早く二人と遊びたかったので、話がしたいのを少しだけ我慢して二人の望む事を出来るだけ早く叶えてあげたかったので、ミザはカノに頼みました。

ミザの言う通り、ミザは風のようにずっとずっと早くかけていきました。

 

「ミザは歩く時間も惜しいくらい二人の事を気にかけているんだよ。ミザがあの小屋の下につく頃には用事が終わっているように、私達も急ごうではないか」

 

その言葉があまりにも心にストンと降りてきたので、レッタとリッタは大人しくカノの指示に従いました。

 

「あ、帽子・・・」

 

羽根につかまり、さあ飛ぼうという時にリッタが呟きました。

 

「あの帽子を被っていたら木の葉のように飛ばされてしまうよ。ここに来るやつはめったにいないから、安心して岩陰に預けておきなさい」

 

レッタとリッタは少し寂しく思いましたが、カノの言う通り岩陰に預けておく事にしました。

しばらくして、リッタとレッタが高台のはしごを使ってゆっくりと下りてくるのが見えました。カノは二人が落ちてしまってもすぐ助けられるように、羽根を器用に使い、二人のペースに合わせてゆっくりと下りてきます。

ミザは、不安がり足の周りをうろうろするアルをなだめ、二人が降りてくるのをずっと見守っていました。

先に下りて来たのはレッタです。

レッタは地面が近付くとはしごから手を離し、そのまま身軽に着地しました。随分高いところから下りてきましたので、しびれた両手をじっと見つめた後にミザの方を見ました。

 

「僕はリッタが先に来るのかと思った」

 

 ミザはそうレッタに言いました。そのリッタが地面に辿り付くまでもう少し時間が要るようです。レッタはその言葉にくすりと笑い、こう言いました。

 

「リッタは少し怖がっていたから、僕が先に下りさせてもらったんだ」

 

これは嘘でした。レッタはリッタが手を滑らせた時、受け止められるように先に下りたのです。レッタは何も言いませんでしたが、リッタにはそれがちゃんと分かっていました。その証拠に、リッタはしびれた手を見る前にレッタに駆け寄ってきました。

 

「凄く高いところだったね。あんなに高いところ、この森に来た時以来だよ」

 

アルはリッタを労わるように擦り寄ります。リッタはしゃがんでアルの頭を撫でてやりました。アルの頭はふわふわしていて柔らかいので、リッタの手の痺れを和らげました。その横にカノが着地します。

 

「ありがとうございました」

 

二人はカノに頭を下げてお礼を言いました。

 

「二人ともよく頑張りました」

 

カノもゆっくりとお辞儀をして言いました。

 

「二人ともカノに降ろしてもらえば良かったのに」

 

ミザは二人が下りてくる前からずっと思っていた事を口に出しました。その言葉を聞いて、レッタとリッタは柔らかく笑いながら、こう言いました。

 

「僕達は自分が出来る範囲の中で生きていきたいと思っているからね」

「ミザと同じ様にね」

 

ミザはその言葉に驚きました。ミザが二人と同じ理由で高台に上らない事を、高台の上で二人はカノから聞いたのです。猫の手ではあの長い梯子を下りられませんからね。

ミザは照れながら話を変えようと口を開きました。

 

「この森は、二人の目から見てどうだった?」

 

 するとリッタは高台を見上げ、

「泡みたいだなって思った」

 

と言いました。ミザは首を傾げましたが、リッタがあまりにも寂しそうな顔をするので言葉は心の中に閉まっておきました。風に揺れる木々の擦れ合う音に耳を澄まし、リッタが続けます。

 

「空が水みたいで、風に吹かれて舞い上がる花びらや木の葉が、泡みたいなんだ。あぁ、どこかで命がくすくす笑ってる。そう思ったよ。ちょっと、僕達の生まれた場所に似てた」

 

レッタも静かに頷きます。ミザは普段過ごしているこの森をそんな風に見る事が出来るなんて考えた事もなかったので少し驚きました。それと同時に、二人の生まれた所が、二人の今までが、とても気になりましたが、立ち入る事の出来ない領域に二人の本当の姿がある気がして、そのまま口をつぐみました。

 

「ねぇ、ミザ。この森には湖って無いの?」

 

そう声をかけたリッタはいつもの無邪気な子供に戻っていました。ミザは少し安心して声を出しました。

 

「湖は無いよ。水は雨でしか取れないんだ」

「湖はあるよ」

 

聞き慣れない声が聞こえました。とても可愛い声ですが、少し小さくてどこからしているのかリッタとレッタには分かりませんでした。けれどミザとカノは分かっているようでした。

 

「こら!嘘をついちゃダメだろ」

 

ミザは尻尾に勢いをつけてアルの頭をはたきました。レッタとリッタは予想しなかったミザの行動に驚き目を丸くしました。アルは負けじとミザの顔をじっと見ます。

 

「湖、あるの?」

 

リッタはミザに聞きました。ミザはアルを前足で転がしてリッタの方を向きました。

 

「湖は無いよ。二人が水のある湖を探しているなら尚更さ」

「北にあるよ」

 

尚口を挟むアルをミザは前足でごろごろと転がしました。リッタが止めようとオロオロしている中、レッタはカノに視線を投げかけました。カノは羽根の先を器用に動かし、傍に来るようにいいました。

 

カノが言うには、アルが懸命に言っている湖は一年中凍ってしまっていて、ミザの言う通り湖としての機能が損なわれているそうです。昔、その氷が溶けていたという話がおとぎばなしのように伝わっているものの、今居る住人達誰一人として溶けた姿を見た事が無いものですから、実際そうだったのかは分かりません。けれどアルの言葉は不思議と事実に基づいているように聞こえます。考えても見て下さい。あの無口で控えめなアルが怒られても声を出して主張しているのです。どうやらアルは、カノもミザも知らない事を知っているようでした。

 

「凍った湖だなんて、神秘的だね」

 

そうカノに向けて言ったレッタの何気ない言葉にミザの大きな耳が反応しました。ミザはレッタの何気ない一言に弱いので、皆は結局凍っている湖まで行く事になりました。カノは、どうも氷は苦手なんだと言って、朗らかに四人を見送った後、木の上まで飛んで行きました。

 

湖は草の生えていないガラスの地面のようでした。下から漂う冷気が森の終わりを演出しているようで、リッタとレッタはただ眺めている事で精一杯でした。この湖を皆さんはどんな大きさで想像しているでしょうか。具体的な大きさを述べる事は出来ませんが、レッタとリッタが夢に見た平原くらいの大きさはあるでしょう。レッタとリッタが知っている平原よりはだいぶ小さくなりますけれどね。

 

じっと木の陰で見ているリッタとレッタの横をミザがするりと抜けます。凍った湖の上を躊躇いもせずに歩いた後、レッタとリッタを尻尾で呼びました。ミグラントの里にある湖は、一年中暖かいので、湖の上を歩くのはこれが初めてです。二人は慎重に氷を踏みました。二人が乗っても氷は音を立てず、硬い石を踏んでいるような感覚でした。氷には一面空が映し出されていました。

 

「ここは、なんだか空の中にいるみたいだね」

 

リッタが言います。声がよく反響するので、自然と無口になってしまう場所のようです。レッタとリッタが知っている暖かな湖と同じ湖とは到底思えませんでした。

 

「ラカイユー」

 

アルの声が反響します。アルは氷の湖に住んでいる何かを知っているようです。アルが湖の上をとことこと歩き回ると、アルの足元から一匹の虫が出てきました。その虫はセミの幼虫に良く似ていて、背中には可愛らしい花を咲かせ、そしてアルと同じくらいの大きさでした。ミザはその虫の事を初めて知りましたので、アルがどうやって見つけたのか気になりました。三人はアルとその虫の元に集まりました。