絵まとめ1


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SilentNight






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秋になり、冬になる




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やぎさん郵便





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心に焼き付いて




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少年と猫




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人魚の鱗




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羊飼いの見る夢






人間と月

 

月は大変朗らかな性質ですので、人間よりもゆったりと歩みます。

瞬きも大変ゆっくりなので、人間の、立ち上がりから地に伏すまでを、見逃す事も少なくありません。

月が瞬きをすると、閉じる前にあった街が海になっていたりします。

けれど月はいつも一人でしたので、小さな事は気にならないのです。

そんな月は昼を知りませんでした。昼は雲が地球を覆うので見えません。

雲は綺麗な月が涙を流さないように、そっと昼を隠しているのです。

昼は太陽が光り輝くので、地球は月を忘れてしまうからです。

なので、月は夜しか、知りませんでした。人間達の寝静まる夜しか、知りませんでした。

月は人間や動物の安らかな寝息が重なって、暖かくなる夜が大好きでした。

ある時、月が瞬きをすると夜に小さな明かりが生まれました。

とるに足らない小さな光です。

けれど今まで見た事のない光だったので、月はどうしたのだろうと思いました。

月が驚いて瞬きをすると、小さな光は空の星のようにちりばめられていました。

月は一瞬、地球が無くなってしまったのではないかと思いました。

しかし、その光は星のように瞬きません。ただそこに存在するだけの光です。

月がその光を眩しく思い、瞬きをする度に、石像の様に硬い光が増えていきます。

月はだんだん怖くなり、瞬きするのを止めてしまいましたが、間も無く夜は硬い光に犯されてしまいました。

雲はそんな月を哀れに思い、夜も隠さなければと思いました。

しかし、夜の光は雲を擦り抜けて月に届いてしまいます。月が目を閉じて泣いている間にも、夜の光は増すばかりでした。

では、昼はどうなったのでしょう。

何も変化が無かったのでしょうか。

いいえ、そんな事はありません。

昼は、夜よりも意外に姿を変えていました。

雲は話し合い、月が覗ける位の隙間を空ける事にしました。

月はどの位の間泣いていたのか分からないままに隙間を覗きました。

月は、ほんの一時、それが何か分かりませんでした。

月が悲しみに目を閉じてから、太陽は人間の行いを具合が悪いと見て、光を抑えました。

その光も、雲を通して弱くなりました。

雲は、地球全てを覆いましたので、大変薄暗くなりました。

人間は昼にも電灯を点けようとしましたが、

光しかない一日はどこが境目かも分からなかったので、だんだんと拍子が狂い始め、とうとう昼に眠り始めました。

月が初めて見た昼は夜のようでした。

月は、大好きな地球のその様子に、はらはらと涙を零しました。

月の涙は雲を擦り抜け、地球の星になりました。

すると、久々の昼の光に子供が目を覚まし、無邪気に指をさしました。

人間達は次々に起き出し、昼の星空を見上げました。皆が皆、涙を溜めるので、月の涙は一層輝いて見えました。

人間は、本当の夜が恋しくなったのです。

月が人間達に微笑み、ゆっくりと瞬きをすると

暖かい寝息に包まれた昔の夜が戻っていました。

 

 

レッタとリッタ  登場人物

 

 

レッタとリッタ

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左がレッタで右がリッタ。

春風に乗って森へやってきた星子。

森に憧れる里のみんなのために森の様子を手紙にして送っている。

 

 

ミザとアル

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大きい方がミザ。小さい方がアル。

兄弟二人で森に暮らしている。

好奇心旺盛なアルをミザが面倒を見ている。

 

 ラカイユ

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氷の湖に住む冬虫夏草

昔のことを良く知っており湖を作ることの出来る者をずっと待っている。

 

 

コルン

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肉食の鳥を嫌う鷹。

肉を食べずに高く飛ぶことを使命としている。

 

 

 

レッタとリッタ  7 そして日常へ

 

 

朝です。

 

日の光が森を柔らかく染め上げ、木々のざわめきも心なしか遠く感じます。

リッタが草のカーテンを開くと暖かく、穏やかな森の表情が家の中に差し込んできます。

 

初めて見る森の表情は、二人が森に来て初めて見た夢に似ていました。

 

 

「雲に住む人は」

 

 

リッタが無意識に言葉を漏らします。レッタも森の暖かさに目を細めながらゆっくりと揺れる木々の梢をぼんやりと見ていました。

 

 

「光が綺麗に見えるだろうね、影が愛しく思えるだろうね」

 

「僕達は」

 

「何かを選ぶという事が出来なかったよね」

 

 

リッタは光に照らされながら遠くを見つめていました。

しばらくしてレッタが口を開きました。

 

 

「程々がいい」

「程々がいいんだ」

 

 

二人は雲の民と同じです。

影と光、どちらも捨てる事が出来ず、怯えて暮らす雲の民と同じなのです。

光と影の中に住める事を雲の民は知っている。

ただ、光に入れば影が、影に入れば光が見えなくなるから、それが不安で動かずにいるだけなんだ。

リッタはそう思いました。

 

リッタの横顔をいつまでも眺めているわけにはいきません。

一日というのは早いものですから、新しい事を探しに行かなければミグラントの里に手紙を送る事が出来ません。

雨の日なら別ですが、今日は心地良く晴れていますからね。

レッタが手元の帽子を持ち上げると、日の光が地面を照らすだけで、中には誰もいませんでした。

 

森を歩きます。

森の中もやはり光に満ちていて、二人はどこを歩いているのか分からなくなりました。

 

木に体を擦りつけているカノの姿が見えましたので、リッタが声をかけました。

カノは一度二人の方を見ましたが、何も言わずに飛び立ってしまいました。

 

二人が空を見上げると、コルンが木と木の間を飛んでいる姿が見えました。

リッタは不安になってコルンを大声で呼びましたが、コルンは下を一度も見る事がありません。

 

二人は急いで森を走りました。草を掻き分けました。自分達の足音ですら、遠くの音に聞こえました。

あまり早く走るものですから、リッタは息が上がってしまいましたので、草の根元にしゃがむようにレッタが言いました。

 

レッタがリッタの背中を撫でてやります。

リッタが苦しそうにうずくまって息をしていると、心配そうに鼻をくっつけるアルがそこにいました。

リッタはようやく安心して片手でアルの頭を撫でてやりました。

アルも気持ち良さそうに目を閉じてリッタの手に擦り寄りました。

その様子を微笑みながら見ていたレッタは、数メートル先にミザがいる事に気が付きました。

ミザは二人に近付こうとはしません。

 

レッタがミザの元に行こうと足を一歩踏み出すと、

 

ミザは綺麗な声で一度、鳴きました。

 

 

アルはその声に反応し、可愛らしい声で鳴いた後、リッタの手をすり抜けてミザの元へ帰ってしまいました。

 

 

リッタとレッタは森にふたりぼっちになりました。

森がどんなに綺麗でも、暖かくても、二人はただ立っている事しか出来なくなりました。

 

 

 

 

 

二人は同時に目を覚ましました。

ちゃんと音が聞こえる元の森です。けれど二人は、しばらく起き上がる事が出来ませんでした。

 

怖い、怖い夢でした。

ママナの話の通りの森でしたが、リッタとレッタには何よりも怖い夢でした。

 

いつものようにミザが遊びに来ると、二人は安心して森に出られるようになりました。

 

「二人の家は夏や冬を越すのが大変そうだね」

 

ミザがそう言うと、レッタとリッタは顔を見合わせました。

 

「ミザこそ、夏とか大変そうだね」

 

そうレッタが言うと、ミザは何故か嬉しそうにこう言いました。

 

「僕達、季節によって寝床を変えているんだ。夏は氷の湖の傍に、冬は、この森で一番暖かい所で寝るんだ。だから、」

 

ミザの尻尾が不規則に揺れます。ミザはどうやって言おうか少し考えているようです。すると、リッタに抱えられていたアルがリッタを見上げて、

「二人も一緒に」

と言いましたが、ミザの長い尻尾で頭を叩かれてしまいました。

 

そしてミザはこう言います。

 

「もし、今の家が住みにくくなったら、気軽に遊びに来て欲しいんだ。二人の好きな時にさ」

 

レッタとリッタは笑いながら頷きました。

二人は季節が一巡する意味を考えていました。

ミグラントは春風に乗って森を渡る種族ですので、そう長くは滞在していられません。

特に、レッタとリッタは障害を持って生まれたと見なされておりませんので、他の星子の分まで世界の森を廻らなければなりません。

 

 

二人は今朝の夢を思い出しました。

 

 

普通の森で正しい姿で、よそよそしい里と変わりなくて、とても不安に思いました。

ミザやカノ、アルやコルンに会えなくなるのは嫌だと感じました。

今はまだ迷っていますが、しばらくして二人はきっとこう言うでしょう。

 

「皆で木の実を食べに行こうよ」

 

 

すぐには言いませんよ。少なくとも、季節が一巡するまで言いません。

 

それまでは、怯えながら、確かめながら生きていけるのですから。

 

 

 

 

おわり

レッタとリッタ  6レッタとリッタ

 

 

あれからまたレッタとリッタは家から出てこなくなりました。

ヒチイは息をするのもやっとな程衰弱していきました。

 

ミザやアルはとても心配し毎日二人に状況を聞きにいきましたが、リッタとレッタは思いのほか冷静に説明するのでした。

 

ヒチイは元々体が弱いという事は分かっていましたが、事情を知らないミザ達は湖に長く浸かっていたから病状が悪化したのだと思っていました。あの夜、リッタを湖に入れず、ヒチイを湖に入れたレッタをミザは少し不安に思いました。

もちろんレッタは悪意を持って行動するような人ではありませんし、ミザ達も気がつかず湖に入るヒチイを見ていたので、全ては不幸な事故だと分かりました。

けれど、この一件で、レッタがリッタ以外の人とは距離を置いている事が目に見えたような気がして、ミザは怖かったのです。

そんなミザの様子に気がついたリッタはレッタを庇うように前に出ました。

 

「レッタはヒチイの事凄く気にしていたんだよ。今だってしてる。ここ最近だって寝ずに看病していたんだ。それに、湖の事だって」

 

レッタはリッタの腕を掴んで止めました。けれど、リッタはミザ達にレッタの事を誤解して欲しくなくて、俯きながらこう言いました。

 

「僕も気付いていたんだ。ヒチイが湖に浸かったら具合が悪くなる事」

 

ミザはそんなリッタの様子を見て驚き、説明を求めるようにレッタを見ました。レッタは初め迷っていましたが、静かな声で話し始めました。

 

「僕達以外のミグラントが、時期はずれに森を訪れる事は悪い意味しか持たないんだ」

「ヒチイは初めからそのつもりで来たから、無理をしても楽しい思い出を作って欲しかった。だから湖に行ったんだよ」

 

リッタがレッタの言葉を繋ぐように言いました。ミザはずっとヒチイを背負っていましたから、その言葉の意味がすんなりと分かってしまいました。ヒチイのいつ咳き込むか分からない弱々しい声と、酷く軽い感触を思い出します。ミザは全てを知って、ヒチイを見守ってきたレッタとリッタの心を考えると、自分がとても嫌になりました。そんなミザを見てレッタが静かにこう言いました。

 

「何も知らない事が一番良い事だってあるんだ」

 

ミザはレッタの顔を見ます。レッタは少しだけ表情を和らげて続けました。

 

「僕達は、星子の事を何も知らないミザ達に凄く励まされたんだよ」

 

もちろん、今は星子の事を知ってもらいたいと思うけどね。二人はそうミザに伝えました。

リッタとレッタにはミザに伝えたい事が山ほどありましたが、今はヒチイがミザに伝えられない事を言葉にしようと思いました。

 

「ヒチイは気遣われる事が苦手だったんだ。何も知らないミザ達だから、あんなに楽しく遊べたし、大好きになったんだよ」

 

リッタはそう言いました。

結局のところ、ミザには花や木の実を届ける事しか出来ません。ミザは、毎日森の奥まで歩き、毎日違う木の実や花を探しに行こうと改めて思いました。

リッタとレッタは家の中に入り、苦しそうに息をするヒチイの手を握ってあげました。起きていても、眠っていても苦しいので、ヒチイは起きていたいと途切れ途切れに言いました。その度に、レッタとリッタは自分達が知っている話をヒチイに聞かせてあげました。

ヒチイは満足そうにその話を聞きましたが、ヒチイの具合が良くなることはありませんでした。

 

 

ある朝、レッタが湖の水を汲んで家に戻ると、ヒチイが静かに座って森を見ていました。

穏やかな朝の光に触れるヒチイの顔も、やはり穏やかなものでした。ヒチイを看ていたはずのリッタは家の中にいませんでした。その家の中の光景に、レッタは血の気が引くのを感じました。

 

「星ってきっとこうやって消えるんだね」

 

ヒチイの声は酷く穏やかで、もう咳も出なくなりました。

欠けて生まれてきた星子がもらう、最後の贈り物です。

ヒチイは今日一日を、レッタとリッタと、何も隠さずに話して過ごしたいと言いました。

表で空を見ていたリッタが家の中に入ってきました。リッタの目は、赤くなっていました。

 

「僕ね、生まれた時皆から‘半分だ’って言われたんだ。それが無かったら、半分だなんて気がつかなかったのになって少し思うよ」

 

ミグラントは、里で自分の話をしたがらない種族です。その理由を知ってもらうには少し説明しなければいけませんね。

リッタが言ったように、ミグラントの里では星の降る夜に湖から星子が生まれてきます。流星群の種類によって人数はまちまちですが、多くの命が生まれてくるのです。ですが、ここ数十年、体の弱い星子の他には何も誕生しなくなりました。里の大人達は、星の具合が良くないのではと囁きました。どこかが欠けて生まれてくる星子達の寿命は長いものではありません。流星が来る度に多くの命が生まれ、それが去ると静かにぱらぱらと灯火が消えていきます。

レッタとリッタは、大人達と一緒に数え切れないほどの星子が空に帰っていくのを見送りました。ヒチイとリッタ、レッタのふたご座というのは、昔ぱたりと星子が生まれなくなった流星群です。ふたご座が一番汚染されているのではないかと言われ、長い月日がたった頃、レッタとリッタはふたご座の星子として迎えられました。

 レッタとリッタは、どこも欠ける事無く生まれてきましたので、二人は幸福な星子として見られました。その後、少したった後のふたご座の流星がやってきた夜、ヒチイが一人ぼっちで生まれてきました。奇跡が続いたと皆で言いました。

ヒチイは外から見るとレッタやリッタと同じに見えますが、他の星子と同じ様に欠けて生まれてきました。そっくり半分欠けて生まれてきたのです。レッタとリッタはそんなヒチイに負い目がありましたので、里では 意識してヒチイの目の届かない場所で過ごしていました。

 

「僕はずっと二人と話がしたかったんだ」

 

ヒチイが言います。欠けたヒチイは、欠けた星子達の中で育ちましたので、二人がミグラントの里でどれだけ居場所が無かったかを知っていました。ヒチイは体が欠けている分心が強かったものですから、二人の苦しみも想像する事が出来たのです。

 

レッタとリッタは人の苦しみだけに敏感で、人の好意には酷く感覚が鈍っています。

ミグラントの里から来た星子のヒチイに対してなら尚更です。レッタとリッタには、ヒチイの言葉を素直に受け取れない理由がまだ一つありました。

 

「僕達は君に思ってもらえるような星子じゃないよ」

 

レッタがそう呟きました。ヒチイは俯いたレッタの様子を目に焼き付けるように見つめました。

 

「僕達は存在自体が不快なのに、星子達に許されるはずもない嘘をついてきたんだ」

「生まれた時からずっと」

 

レッタとリッタは顔を上げてヒチイを見ました。自分達がついた嘘で一番嫌な思いをさせてしまっていたヒチイに謝る為です。二人はこの時だけ、距離を置きました。

 

「僕達はふたご座の星子じゃないんだ」

 

レッタが言います。少し間を置いてから、

 

「てんびん座なんだ。僕達は」

とリッタが言いました。

 

てんびん座の星子は他の星子と同じ様に多く生まれ、ミグラントの里では特に目立つ星座ではありませんでした。

ありふれた星座の元に、二人は欠ける事無く生まれてきてしまったのです。

村の大人が生まれたばかりのレッタとリッタを見て、他の星子と一緒にする事を良しとせず、レッタとリッタは離れた暗がりでひっそりと育てられました。

 

その頃はふたご座の星子がずっと生まれていない状態でしたので、大人達はレッタとリッタの存在をふたご座の奇跡にしたのです。特別なふたご座であれば、どんな奇跡でも納得しない星子はいませんでした。

 

しばらくしてからヒチイが一人ぼっちで生まれてきました。ヒチイは星子の中でも酷く欠けて生まれてきましたので、星子の中でも同情されてしまう存在になりました。二人は自分達が存在する為の嘘でヒチイの立場を悪いものにしてしまった事に負い目を感じていましたが、これ以上星子達の仲間から外れたくないと思ってしまい、嘘を通してしまったのです。二人はヒチイに深く頭を下げました。

 

「ヒチイはルタを見た事ある?」

 

リッタがヒチイにそう聞きました。ヒチイは里の記憶を思い出して、里の長が胸に抱いている赤ん坊の事だと分かりました。里の長が何年も、何年も抱いているのに大きくならないので、星子達は、生まれたての星子を把握する為に毎日違う星子を抱いているのだと噂をしていました。ヒチイが寝たきりになると、大人達は色々な話をしてくれましたので、ヒチイを始めとする病弱な星子達はルタという育たない赤ん坊の存在を知る事が出来ました。

 

「ルタはね、僕達と一緒に生まれてきたんだよ」

 

リッタはそう言いました。特別な星座を抜かして、星子は一人一人生まれてくるのですが、大勢のてんびん座の星子の中で、レッタとリッタ、それとルタは不思議な繋がりを持って生まれてきました。

他の星子が個々で生まれてくるのに対して、三人は、三人で一人の命として生まれてきたのかもしれません。レッタとリッタは他の星子と比べて確かに丈夫に生まれてきましたが、二人が共に元気でいられる事はありませんでした。

生命が、てんびんのように、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れるものですから、少しでもそのてんびんを傾けないように日々を過ごしていました。傾けば、調節もしました。ですが、二人は自分達の事よりも、何も出来ないルタを気にかけていましたので、 自分達が不自由と感じる事はありませんでした。

ただ、星子達も、二人の事を表面でしか分からないので、二人を不自由だとは思いませんでした。

リッタが三人の仕組みを手短に話すと、ヒチイは手元を見てしばらく考え込みました。

二人の事を深く聞いた星子はヒチイが初めてでした。ヒチイは何も言わずひっそりと暮らしてきた二人の姿を悲しいと感じました。

 

「僕、なんとなく分かってたんだ。ふたご座の星子は僕しかいないって」

 

ヒチイが呟きました。

 

「だから二人が気にすることは無いよ」

 

星子は湖の中にいた記憶が体に染み込むと言われています。

ヒチイは、湖の中で息をしていた時、酷く寂しい気持ちになった事をうっすらと覚えていましたので、同じ星から生まれた星子はいないのだと思っていました。

 

ヒチイはふたご座のレッタとリッタではなく、異質に生まれてきたレッタとリッタに興味を持ちました。そして、あまり姿を見せない二人がどんな事を考えているのか、どんな顔で笑うのかずっと気になりました。

他の星子に囲まれて星に帰るより、二人が過ごした森で最後を迎えたいと思ったのです。森の中でのリッタとレッタは残念ながらあまり見られませんでしたが、森を通じて二人と共有出来る何かを見つけただけでヒチイは幸せでした。レッタとリッタの事をちゃんと里の星子達に分かって欲しいと思いましたが、それを伝えるにはヒチイの残された時間が少な過ぎます。何より、二人もそっとしておいて欲しそうだったので、二人の秘密は空に持っていく事にしました。

 

「僕ね、ミグラントの里は苦手だった。あの懐かしい土地と、ルタの事が無かったら、手紙も送らなかったと思う」

 

リッタが苦笑いをしながら言いました。

二人は、初めての森への不安と、親しんだ土地を離れなければならない不満を抱えながら、星子達から離れられた事を、心のどこかで安心していました。

風に乗ったミグラントが里に帰る事はありません。それに少しの嬉しさを感じていましたが、今になって少し残念に思えてきました。

 

「ヒチイと里で会話していたら、何かが違っていたんだろうなって思うよ」

 

そう言って目を細めるリッタにレッタも頷きました。

爽やかな木々のざわめきと、暖かく頬を撫でる風を感じながらヒチイはこんな事を言いました。

 

「おひつじ座の星子が失明した話を聞いてね、目の前が真っ暗になる事は怖い事だなって思った事があるんだ」

 

リッタとレッタは静かに話を聞いていました。

 

「だけど、空に帰ったらみんな同じ。暗闇の中で何も出来ない。どんなに欠けても欠けて無くてもみんな同じになる」

 

ヒチイは外から差し込む光を無心に眺めていました。

 

「そう思ったら、誰かを羨んで、嘆く自分が恥ずかしくなったんだ」

 

その言葉を聞いて、レッタとリッタは大きなものに触れたような気がしました。

人は明りを見る力しか与えられていません。明りの中にいるうちは、暗闇の安らぎを見ることも出来ないでしょう。その証拠に、リッタとレッタは暗闇が怖く感じます。ヒチイの言葉の意味を考えても、やはり欠けている人と、欠けていない人が平等だとは思えません。

けれど、ヒチイの言葉は二人の中に滞りなく染み込んでいきました。

ヒチイは気持ち良さそうに寝転んで、目を瞑りました。

 

「ミグラントの里で歌っていた曲が聴きたいな」

 

レッタとリッタは顔を見合わせた後、慣れ親しんだ曲を聴かせてあげました。

夕陽が沈む森の中に、リッタの笛の音と、レッタの歌声が溶けるように響き渡りました。

木々のざわめきと、風の音と、全てがヒチイの為に鳴いているようでした。

ヒチイは気持ち良さそうに目を閉じたまま、リッタとレッタにこう言いました。

 

「ここの森の木の実は美味しかったよ。里の皆も、きっとその話を聞きたがってる」

 

二人に会えてよかった、ありがとう。

最後まで二人の事を思っていたヒチイは、そう呟くと、夜の空へと帰っていきました。

 

 

 

レッタとリッタ  5死にかけのミグラント

 

ここのところ、日の光が森の奥まで届きません。

空は雲に覆われ、森には小雨が続いています。春の陽気にはしゃいでいた子供達もすっかり大人しくなり、森はただ雨がしとしと降るだけになりました。

森が静かなのはそれだけじゃありません。ここ数日、リッタの具合が良くないのです。

レッタはそれを疲れだと皆に教えましたが、家の中に誰かを入れる事はありませんでした。

 

ミザは会えない代わりに、毎日花を入り口に置いていきました。初めは木の実を置いていたのですが、夜中、木の実を持って湖に向かうレッタの姿を見て、二人は物を口にしないのだと分かりました。レッタは辛い事を表に出しませんので、今がどのような状況か知る事が出来ません。けれど、寝込んでいるリッタを見て、レッタが平気な訳が無いとミザは思うのです。ミザは何も出来ませんが、せめて花だけはと、雨の振る中毎日二人の家まで届けに行きました。

 

今日も花を入り口にそっと置き、寝床に戻る途中の事でした。

コルンが雨にうたれながら、木に引っかかっている何かをつついているのです。

ミザは目が良いのでどんなに高い所でも見えますが、その周りをコルンが飛び回るので、何が引っかかっているか分かりませんでした。

 

「コルン何してるの?」

 

ミザはコルンの耳に届くように言いました。

コルンはミザの方を向くと、何かを決心したように、つついていた物を枝と枝の間から引き摺り下ろし、それを口にくわえながら賢明に羽根を羽ばたかせました。カノはレッタとリッタを乗せて空を飛びましたが、コルンには一人でも支える事が出来ません。コルンは、自分がそれを支えられないと理解した上で引き摺り下ろしました。

 

コルンは予想より軽い荷物に驚きました。軽いと言っても、コルンが完全に支えられる物でもありませんでしたので、ある程度下に下りたら、その荷物をミザ目掛けて落としました。ミザはそんな事を予測していませんでしたので、逃げようと思うより早く荷物の下敷きになってしまいました。コルンは荷物が無事にミザの上に落ちたと安心すると、雨で重くなった羽根を羽ばたかせ、優雅に降りていきました。

 

「酷い」

 

ミザはその言葉しか出てきません。コルンはミザの上に伸びている物の襟首をくちばしではさみ、雨のあたらない所まで引きずっていきました。

ミザがどろどろになった体を起こしコルンの元へ行くと、そこにはリッタやレッタと同じ服装の子供が青ざめた顔で横たわっていました。コルンはその子をミザに任せ、またどこかへ飛んで行きました。ミザは青ざめた子供をレッタ達と同じ種族だと思いましたので、心配事を増やすのは気が引けましたが、レッタに相談しようと考えました。ミザは木に横たわる子供を器用に背負い、なるべく雨のあたらない道を静かに歩いて行きました。

 

コルンはどこに向かったかと言うと、やはりレッタの所でした。ミザの口から説明すると頼りなく聞こえてしまうかもしれないという心配りもありますし、コルンは力が無い代わりにどの鳥よりも速く飛ぶ事が出来ますので、病人の為にもなると考えたのです。

 

コルンは少し気をつけながら小さく鳴きました。すると、入り口の草を掻き分けて顔を出したのはレッタではなく、楽な格好をしたリッタでした。雨で目立ちはしませんが、リッタは目に涙を溜めていました。

 

「今、レッタはいないんだ。良かったら入って」

 

コルンは顔だけ家の中に覗かせました。家の中には紙が沢山散らばっていました。リッタはそれを急いでまとめ、草で出来た布団の上に座ってコルンの方を向きました。

レッタはリッタの具合が悪くなってから誰も家に入れなかったので、リッタは一日中床に伏しているものだとばかり思っていたので、それなりに動けるリッタを見てコルンは拍子が抜けました。

 

「具合はどうだ?随分長引いているようだが」

 

コルンがそう聞くと、リッタは一瞬表情を暗くして、それからコルンに苦笑いをしました。

 

「丁度今良くなったところ。もう大丈夫」

 

リッタがこんな風に笑うのは初めてでした。いつも元気に振舞っているリッタの弱い所を、レッタは隠してあげていたのかもしれないとコルンは思いました。それで家に誰も入れていなかったのだとしたら、これからミザをリッタに会わせるのはよした方が良いとコルンは判断しました。やはりレッタに来てもらう他、方法は無さそうです。  

 コルンは事情を話し、レッタがどこにいるか尋ねました。けれどリッタは悲しそうに笑い、分からないと答えました。

 

「その子の事なら僕が看るよ。迷惑かけてしまうけど、他のお願いをしてもいいかな」

 

コルンはその場でゆっくり頷きました。なんでも自分でやるリッタがお願い事をする時は、本当に困った時だけだと知っていたからです。リッタは真剣な顔をしてコルンにこう言いました。

 

「森でレッタを見かけたら、傍にいて、離れないで欲しいんだ」

 

コルンはやっと到着したミザに子供をそこに置いてついてこいと手短に言いました。

ミザはコルンの様子に少しおかしい所を見つけ、入り口に子供を降ろすと空を駆けるコルンの後を急いで追いました。リッタは入り口に預けられた子供を見て驚き、取り合えず看病がしやすいように家の中に運び入れました。

 

こんな大きな森の中なので、あんな大事が起こっても木々はざわめきません。非常に静かな形を保ち、森の動物達を日常でくるんでいるのです。カノも日常にくるまれた一人でした。雨にうたれながら大空を自由に泳ぎまわります。森の中は代わり映えしないと思いながら飛んでいましたが、ある一本の木に意外な人影を見つけたのです。 この森にその姿をした人は二人だけです。

カノがゆっくりと近付いてみると、やはりそれはレッタでした。珍しく帽子を被っていないと思ったら、レッタはそこらじゅうが傷だらけになっていました。傷だらけのレッタが何故木の上に登っているか予想も出来ませんでしたので、カノはしばらくその場でレッタを見守っていました。

すると、 レッタは迷う事無く木から飛び降りました。カノは心の底から驚いて、落ちるレッタを受け止めようとしましたが、 レッタが下りた高さから地面までそう遠くなかったので間に合わず、地面に転がるレッタを見る事しか出来ませんでした。

レッタは痛そうにうずくまり、体の傷を見ると、また木に登ろうと足を掛けました。

 

「レッタ!」

 

カノはレッタの襟首をくちばしに挟み、木に手の届かない広場まで連れて行きました。

レッタはまさかカノに見つかるとは思っていませんでしたので、気まずそうにカノを見ました。カノは、レッタの行動をリッタと苦しみを共用する為のものだと思い、レッタは少し気が動転しているのだと考えました。

 

「リッタの為に傷を負うのだとしたら、それは考えを改めなくてはいけないよ。レッタ。君が傷付いてもリッタが元気になる訳ではないからね」

「なるんです」

 

レッタはそう言い切りました。カノはレッタが言葉とは裏腹にとても冷静な目をしている事に驚き、レッタを見つめ返しました。

 

「僕達はてんびんだから」

 

カノは俯いてそう呟くレッタが酷く脆いものに見えました。

レッタはカノの目をまっすぐ見てこう言いました。

 

「片方の皿を持ち上げるには片方の皿に重石をのせるでしょう?僕達はそういう作りになっているんです」

 

だから心配しないで下さい。

カノにはレッタがそう言っているように思えたのです。ですが、これ以上レッタが傷付くのを黙って見ている訳にもいきません。困っていたところをコルンが空から見つけ、ミザと一緒に駆けつけました。コルンはリッタに言われた事をそのままレッタに伝えると、レッタは大人しく家に帰ろうと言いました。

 

カノがレッタの言葉の意味を理解したのは、リッタの血色の良い顔を見た後でした。

レッタとリッタの話によると、青ざめた子供はふたご座の星子のようです。本来、ミグラントの里では毎年一人しか春風に乗らないのに、このふたご座の星子が時期はずれの風に乗って同じ森に辿り付くのはおかしいと首を傾げていました。その星子は、リッタとレッタの看病により、数日の間で随分と血色が良くなりました。ですが、二人は風邪を引いてしまい、うつるといけないので外で遊んでくるように星子に言いました。星子の名前はヒチイといいました。

 

「レッタとリッタ、大丈夫かな」

 

ミザが歩きながら言います。具合が良くないのは確かですが、今度は大丈夫です。二人で風邪を引いたのですから。レッタとリッタは今頃家の中で手を繋いで寝ている所でしょう。

アルは二人の家の屋根に登り、丸くなってお昼寝をしていました。具合の良くないリッタに突然傷だらけになったレッタを見て安心できなかったのでしょうね。アルの鳴き声は何よりも先にミザの耳に届きますので、見張り役の名目で二人の傍にいさせてもらったのでした。

 

「いいなぁ、二人は」

 

ヒチイが目を細めて言いました。ミザが不思議そうにヒチイを見ます。ヒチイは苦笑いをしてミザにこう言いました。

 

「僕は二人で生まれてこれなかったからさ」

 

そうなのです。ヒチイはレッタとリッタと同じふたご座の星子だというのに一人ぼっちで生まれてきました。けれどミザはリッタの口から星子は星の数だけ生まれてくると聞いたので一人ぼっちで生まれてくるなんて想像がつかなかったのです。

 

「ふたご座の星子達はさ、レッタとリッタみたいに皆双子なの?」

 

それを聞くとヒチイは立ち止まってしまいました。

 

「ふたご座は、ミグラントの中に僕と、レッタとリッタの三人しかいないんだ」

 

そう言いながら咳き込むヒチイの背中をミザは尻尾でさすり、自分の上に乗るように言いました。ヒチイはとても軽く、寄りかかったリッタよりも重くありませんでした。

ミザは揺らさないよう静かに歩きながらヒチイにこう聞きました。

 

「ミグラントの数はどの位いるの?」

 

するとヒチイがミザの背中にもたれかかりながら

 

「ミグラントは星の数だけ居るよ」

 

と答えました。そしてそのまま

「だけどふたご座は三人しかいないんだ」

と言いました。

 

ミザが分からないという顔をしながら歩くと、ヒチイは嬉しそうにこう言いました。

 

「僕ね、レッタとリッタの手紙を読みながら、ずっとこの森に来てみたいと思っていたんだよ」

 

ヒチイはミザのふわふわした体にしがみつきました。ミザはレッタとリッタが手紙を送っているなんて知りませんでしたので、ヒチイが森の事を知っているのは不思議な感じがしました。

 

「大きな木の実があるでしょう?それ食べてみたいな」

 

咳き込みながら言います。ミザは、リッタの風邪の一件でミグラントは食べ物を口にしない種族だと思っていましたので、ヒチイの言葉に驚きました。

 

「ヒチイは物を食べられるの?」

 

ミザがそう聞くと、ヒチイは少し寂しそうな声でこう答えました。

 

「僕はね、もう飛ぶ必要が無いからいいんだ」

 

レッタとリッタはダメだろうけど。そう呟きました。

それからヒチイは木の実を食べたり、コルンに話を聞いたりして充実した一日を過ごしました。ヒチイがリッタ達の家に帰ろうとすると、珍しくカノがヒチイを高台に連れて行きたいと申し出ました。ヒチイはカノのことも知っていましたので、レッタとリッタが体験した事を自分も体験できる事に感動し、喜んで連れて行ってもらう事にしました。

 

その翌日も、翌々日もヒチイは楽しく遊びました。その間、リッタとレッタの具合も良くなっていましたが、二人はヒチイを笑顔で見送り、そして笑顔で迎えました。

ミザがリッタ達の家を覗くと、散らばった紙を丁寧にまとめるリッタと、懸命に文字を書くヒチイ、それを見守るレッタの姿がありました。

 

「やあ、ミザ。散らかってるけど良かったら入って」

 

リッタが促しましたが、ミザは入り口を覗くだけにしました。アルは小さいので、ミザの横をすり抜けて、床に散らばっている紙の匂いを不思議そうにかいでいました。

 

「何してるの?これ」

 

そうミザが不思議そうに聞くと、リッタが嬉しそうにこう言いました。

 

「手紙を書いてくれているんだよ」

「ヒチイはミザ達と遊べた事が嬉しくて、それを里の皆に伝えたいんだって」

 

レッタが優しく微笑みながらそう言います。ミザは少し照れくさかったので、少し拗ねたようにこう言いました。

 

「僕はレッタやリッタが毎日手紙を出しているなんて知らなかったよ」

 

どうやって出しているのかも分からないし。

と少し小さな声で呟きました。ヒチイは何かを隠そうとはしないので、レッタやリッタが隠していた事が少しずつミザにばれていったのです。

 

レッタもリッタも、意地悪をして隠そうとしている訳ではありませんので、ミザが興味を持った事は出来るだけ教える事にしました。ミザも、以前より二人に質問しやすくなりました。ヒチイが森に来てから、空気が少しだけ明るくなりました。なので、今回のミザの不満も、明るく解消されるでしょう。リッタが笑って、

「今夜はヒチイが手紙を届けるから、僕達と一緒に見に行こうか」

と言いました。

もちろんコルンも気になっていましたので、その話を聞きつけて、夜が苦手にも関わらずミザの背中に乗ってついていく事にしました。そんな中、カノだけは姿を見せませんでした。

 

レッタはいつもより多く蛍石を持って先頭を歩きました。今日はリッタも一緒ですので、いっそう明るく闇夜を照らしました。ヒチイは途中で倒れるといけないので、ミザの尻尾に支えられながら歩きます。コルンは遠慮なくミザの背中にどっしりと構えていました。

 

ミザが夜の散歩で見かけたレッタは、湖の水を取りに行くだけではなく、里への手紙を送りに行く最中だったのでした。レッタがミザを湖から遠ざけたのですから、湖を作った時のように不思議な事が起こるに違いない。ミザは少しだけ期待をしながら、いつもより長く感じる道のりを頑張って歩きました。

 

湖に着くと、レッタがヒチイを連れて湖の真中まで行きました。リッタも初めはついていこうとしましたが、レッタに強く止められたので、アルを抱えながら、ミザやコルンと一緒に見守っていました。ミザやアルは目がいいので離れていても二人が何をしているかまではっきりと分かります。ですが、コルンはほとんど見えてません。リッタはそれが分かっていましたので、小さな声で二人がしている事を説明しました。

 

「ミグラントの里はね、湖と星で出来ているから、手紙を送る時も湖と星の力を借りるんだ」

 

空で小さな星が一つ流れました。その流れ星の光を受けて、湖に浮かせた手紙から糸のように細い光が空に向かって伸びました。それを見上げて、ヒチイはとても不思議そうな顔をしました。手紙は水に溶けてなくなりました。

 

「これで送った事になるの?」

 

ヒチイはあまりにも静かに事が済んでしまった事に不安を覚えました。レッタも最初は不安でしょうがありませんでした。

 

「僕達は里から返事を受ける事は無いから、送れたかどうかは分からないんだ」

 

ヒチイは寂しそうに笑うレッタを見上げて、なんだか申し訳ない気持ちになりました。

レッタは濡れた手でヒチイの頭を撫でて、

「君が僕達の手紙を見たように、この手紙もきっと里に届いているよ」

と優しい声で励ましました。

 

それを遠くで見ていたミザは、あまりにあっさりとした送り方だったので、ヒチイと同じ不安を持っていましたが、やはりレッタと同じ事を言うリッタのおかげで素直に綺麗だと思う事が出来ました。

 

「湖を作った時も思ったが、ミグラントというのは不思議な生き物だな」

 

コルンが細い光を目にし、満足そうに言いました。

 

「僕達は湖と星の間に生まれた子供だからね」

 

リッタはヒチイを撫でるレッタを見てそう言いました。リッタは細い光よりも、レッタの事を考えていたのです。

毎晩星は流れますが、それがいつ流れるかは分かりません。流れるまで辛抱強く湖の中で待っていなければなりません。今日はたまたま早く流れましたが、ずっと流れなかった日もあったことでしょう。レッタより体を壊しやすいリッタは、手紙を送らせてはもらえませんでした。ですが、今度からは一緒に連れてきてもらおうと心の中で思いました。

ミザ達が家に帰るのを見送った後、ヒチイはこんな言葉を口にしました。

 

「僕ね、レッタとリッタがなんでずっと家にいたか分かったんだ」

 

レッタとリッタは少し背の小さいヒチイを見下ろして次の言葉を待ちました。

 

「二人は優しいね。だけどね、僕本当は二人と一番遊びたかったんだよ」

 

次の日から、ヒチイは寝込んでしまいました。

 

 

 

レッタとリッタ  4流星を見に行こう②

 

 

夜です。

あの後たっぷりと寝たミザとアルは流星を見るのに万全な体制が整いました。

リッタとレッタも少し眠りましたので、流星のピークが終わるまでは起きていられるでしょう。コルンは夜が苦手なので、一足早く氷の湖に足を運んでいました。流星群が来る時は氷の湖で見る事がミザ達の習慣のようです。リッタとレッタは流星に何故氷の湖なのかと首を傾げましたが、なるほど、それは氷の湖についた瞬間に分かってしまうものでした。

 

「うわあ、凄い綺麗だね」

 

リッタが見るなり駆け出します。氷の湖は、星空を映して視界が全て星空になるのです。氷の湖はとても冷えていますが、溶ける事はありませんので大きな葉を下にひけば地面とそれほど変わらなくなりました。この森の湖と星も仲が良い事を嬉しく思ったリッタはアルを抱きかかえながらミザにこう言いました。

 

「僕達ね、こんな星空の下、湖の中で生まれたんだよ」

 

レッタはリッタの言葉に驚きましたが、良い機会かと考え、そのまま任せる事にしました。

 

「僕達の種族はミグラントって言ってね、流れ星の光が湖に降り注ぐと生まれるんだ」

 

ミザは今まで聞いた事の無い生命の誕生に少し驚きました。リッタの言葉は時々空を見るような頼りなさがありましたので、この言葉も何かを例えているのだと思いましたが、レッタも真面目な顔をしていたので、そのままの意味だと分かりました。

 

「流星群の度に生命が誕生するから、何座の星子ってひと括りにするんだ」

 

レッタとリッタはミザの顔を見て、全てを話すには少しだけ早いと気が付きました。この大きく、小さな森で過ごしてきたミザにとっては宇宙の話を聞いているように感じるのです。ミザは懸命に話を聞こうとしましたが、リッタとレッタは止めて置きました。

 

「ミザ、見て」

 

リッタが星空を指差して言いました。ミザは素直に空を見ます。

 

「北にある星座でね、おおぐま座っていうんだ。尻尾の真中の星、二つ仲良く並んでいるの見える?」

 

そう言われてミザは懸命に二つ並んだ星を見つけようとしました。ミザは元々目がいいので、その二つの星はすぐに見つかりました。大きな星と、小さな星が確かに仲良く寄り添っていました。

 

「あの大きな星がミザール、小さな星がアルコルって言うんだよ」

 

リッタがとても嬉しそうに言いました。ミザは自分とそっくりな名前の星に驚き、また嬉しさも感じていました。アルと名の付く星は沢山ありますが、ミザールの隣にいるアルコルがアルなのだとリッタは思いましたので、ミザに教えたのです。アルも大きな瞳で空の上の自分を見つめていました。

 

「今は見えないけど、りゅうこつ座の先端はカノープスと言ってね、はと座の事をコルンバって言うんだ」

 

レッタがそう付け加えました。レッタとリッタがこの森に来て驚いたのは、星をあまり知らないのに星の名前を持つ動物が多かった事です。先日見た星のかけらもそうですが、この森には星の名残が溢れていました。

 

「僕達の名前は親が決めるんじゃないから、統一しててもおかしくはないね」

 

ミザがそう言いました。この森の中の動物は、子供が生まれると森の奥の神樹の下でひっそりと息をしている何かに名前を授けていただくそうです。本当は、親になるまでそれを知る術はありませんが、ミザは親の代わりでアルの名前を授けてもらう為に足を運んだ事があるので、それを知っているのでした。

 

「じゃあ、ルカとルクにも名前があるかも知れないんだね」

 

レッタがそう聞くと、ミザはどうだろうと首を傾げました。

 

「なんでルカとルクにしたの?」

 

ミザはずっと気になっていた事を聞きました。するとリッタは嬉しそうにこう言いました。

 

「この子達双子だから、ふたご座にある双星の名前を取ったんだ」

 

それを聞くと、ミザは少し考えてからこう言いました。

 

「レッタとリッタは星子なんだよね。二人は何座の星子なの?」

 

レッタとリッタは顔を見合わせました。リッタはレッタの服の裾を握って、

 

「僕達はふたご座の星子だよ」

 

と答えました。

ミザは思っていた通りの答えが返ってきたので、そのまま質問を続けました。

 

「レッタとリッタの名前はふたご座の中にある星の名前なの?」

 

するとリッタは少しだけ寂しそうに笑って、

「星子は星の数だけ生まれるからね、星の名前だけじゃ足りないんだ」

と言いました。

 

星の子供なのに星の名前をつけてもらえないのは、少し寂しいとミザは思いました。星をあまり知らない自分が空の星の一つを独占してしまっているのは、とても心苦しいものなのです。リッタは良く気が付く子供なので、ミザが何を考えているか分かりました。リッタがミザに話し掛けようとしたその時、ミザの上に力強く落ちてくるものがありました。ミザはその反動で氷の湖に伏せる形になりました。

 

「もう星が流れ始めたぞ」

 

コルンです。コルンは夜目が利かないので、勘だけを頼りにミザの上に止まったのです。

ミザはコルンの言葉に文句を言う事も忘れ、夜空を見上げました。

 

「流れた」

 

話の間中ずっと空を見ていたアルが短くそう言いました。ミザはその言葉につられ、アルが向いている方を見ます。するとリッタが別の方向を指差して「こっちも」と嬉しそうに言いました。ミザはどこを見ていいのか分からずに困っていました。レッタはミザの横に寝転んで、「大きく見ていればいいんだよ」と教えてあげました。てんびん座の流星はふたご座の流星よりも控えめです。そして、ミグラントの里で見る流星とは数も光も違っていました。けれど、皆でこうして探す事の出来る星空は、レッタにとっても、リッタにとっても、どんな流星より嬉しい星空なのでした。

 

「ねえ、コルン」

 

レッタがコルンに話し掛けます。コルンは星空に顔を背けるようにレッタを見ました。

 

「ハトはね、綺麗な世界を最初に飛ぶんだよ」

 

コルンは無言でまた星空を見上げましたが、レッタの言葉は確かにコルンの中に染み込んでいきました。

星の流れが少なくなった頃、アルが目を瞑り始めたのでそれぞれ家に帰る事になりました。

氷の湖から家に帰るまでの道は、少し寂しい気持ちになりました。

 

 

「湖に行きたいな」

 

リッタはレッタにそう言いました。レッタも同じ気持ちでしたので、暗い森の道を蛍石の光を頼りに登っていきました。

湖は星のかけらが流星に反応してほのかに光っていました。

リッタとレッタは、遠くから空と湖を見て静かな夜を感じていました。

二人とも、ミグラントの里を思い出しているのです。

 

「今年も沢山生まれてくるのかな」

 

リッタがぽつりと言いました。

 

「生まれてこなければいい?」

 

レッタが静かに聞き返しました。

 

「苦しいなら、少しそう思うかな」

 

暗闇に星が流れて、湖がいっそう明るく光りました。

小さな泡が星を見ようと、ちらちらと水面を目指して上がってきますが、いくらも経たないうちに空へ溶けていきました。

レッタは泡の吐息を心で感じ、目を閉じて星を数えました。

 

「それでも、生まれてくる事は素敵な事だからね」

 

 どうする事も出来ないんだと、暗闇の中で呟きました。